至高の雪平鍋をもとめて
最高の雪平鍋を求めて、かっぱ橋道具街を彷徨ったり鰹節を削ったりする記事です。
雪平鍋(行平鍋)をご存知だろうか。
ご家庭によくある味噌汁とか作ってそうな鍋である。
我が住処には鍋こそあるが、大学入学時の一人暮らしに際して買ったノーブランドの鍋である。良くも悪くも普通である。
折角日本に生まれたので雪平鍋がほしい。
折角雪平鍋を買うなら、一生モノとも呼べるものなのだから至高の雪平鍋がほしい。
3月も終わろうとして社会人生活が兎角を現し始めた頃、思い立って浅草のかっぱ橋道具街まで雪平鍋を見に出掛けた。
浅草
神谷バー
なにか物を買うにあたって、腹ごしらえは大事である。
浅草駅近くの浅草1丁目1番地1号に店を構える、また電氣ブランを作ったことでも有名な神谷バーで腹ごしらえを行う。
神谷バーの日替わりランチは800円である。
浅草1丁目1番地1号という固定資産税だけで贅沢な暮らしができそうな立地でありながら極めて良心的な価格である。
この価格でありながら葡萄酒が食前酒として付いてくる。
美味いランチをいただいた。
しかし折角神谷バーに来たのだから、電氣ブランを飲みたい。
だが電氣ブランは度数が40%であり、ほろよい1缶で十分に酔える私にとって飲むことは死も同然である。
結局欲望に抗えず電氣ブランを使ったソーダ、電氣ソーダを注文した。
飲んでみたが味を感じない。
自分の死を疑った。
かっぱ橋道具街
浅草の喧騒を少し離れて、10分ほど歩くと"かっぱ橋道具街"という場所に着く。
このあたりには様々な料理向けの道具屋さんが並んでいる。
鍋や包丁などの調理道具や各種食器の類はもちろんだが、一生の謎であったご飯屋にある名前を書く台や、何故か饅頭に付いていると嬉しい焼印、居酒屋の刺し身盛りに使われる木の船、料理サンプルなど様々なものが売られている。
中には券売機専門店なるものまで存在する。
このような世界で、私は至高の雪平鍋を求めて周辺店舗を彷徨い歩いた。
釜浅商店という明治時代から店を構えるお店で職人の手打ち雪平鍋を見つけた。
6寸のアルミ製手打ち雪平鍋は13200円であった。
流石に高い。しかし、よくよく考えてみればエンジニアという職業の人間は当たり前のようにキーボードに4万を費やす。もはや1万円のキーボードはお手頃価格の部類である。
毎日使う鍋、ましてや一生物の鍋で1万円は安いのではないかと頭をよぎった。
しかし同時に、パソコン教室に通い始めた人間がいきなり無刻印のHHKBを買うのが適切かと言われるとそうでもない。
道具は適材適所である。必ずしも最高級品が良いとは限らない。
他の店舗も見て廻り、帝国ホテル御用達の中尾アルミ製作所の雪平鍋などとも見比べた。
正直わからない。でも折角なら一番良いものが良い。
お店の淑女の方に、この雪平鍋であれば何でも作れる。煮物もお味噌汁も肉じゃかも。機械で作ったものと比べて火の入りが違う。と言われて、手打ちの雪平鍋を買うことにした。
電氣ブランの酔いと共に13200円が消えていった。
うまみ
私は"味の素"をこよなく愛している。
台所横にはいつでも"味の素"を展開できるよう、瓶の味の素を常駐させている。
だしについても"ほんだし"を台所下に忍ばせている。
既に我が住処には旨味成分を最大限配合できる環境が整っているのである。
しかし温水プールで育った少年が海に行きたがるように、本物のうまみを知りたくなるのが人類の性である。
私は筋金入りの自称倹約家であるため、散々吟味した挙句、先述のかっぱ橋道具街でなくインターネットでより安い鰹節削り器を入手した。
同時に鰹節の原木も購入した。
賞味
雪平鍋を使うにあたって、最初にお米の研ぎ汁で皮膜を作る必要があるらしい。
研ぎ汁を入れて煮詰めた。
これで黒ずみ防止などになるらしい。
高級な道具は赤子のように繊細である。
次に、Amazonの奥地で手に入れた鰹節削りも用意する。
鰹節の原木もAmazonの奥地から翌日配送されて届いた。
早速削ってみるが、とても難しい。
悪戦苦闘しながら、なんとか削れてきた。
この時間があればインスタントの味噌汁どころか冷凍餃子が余裕で完成する程の時間を要した。
鰹節は15gほど採取できた。
あまりにも鉛筆削りすぎる色合いにびっくりする。
居酒屋で鰹節と称して鉛筆削りの屑を出されても疑わず頬張る自信がある。
この鰹節と至高の雪平鍋を使い、かつおだしをとる。
鰹節を湯に浸し、しばらく温める。
その後、丁寧にキッチンペーパーで濾す。
しかし完成したかつおだしは露も旨味を感じない。
かつおぶしは多めに使用したが……謎である。
使いかけのほんだしを投入したところ、大変美味になった。
本末転倒も甚だしい。
ここからはお味噌汁を作っていく。
お味噌汁の具材はキャベツを中心に、わかめや高野豆腐、桜えびなどを入れていく。
実際には持続可能な自炊を行うために生鮮食品として用意するのはキャベツだけである。
わかめや豆腐は日持ちする乾燥タイプを用いる。
味噌は少しよいものを使用する。
具材も味噌も投入し、いい感じになってきた。
この味噌汁を夜ご飯として、ご飯とともにいただく。
キャベツの主張が大きすぎたが、味噌汁は大変に美味であった。
最後の一滴まで美味い。
味噌汁を雪平鍋に置いたまま放置することは鍋を傷めるリスクがあるらしく、残りはタッパに移した。
ありがとう雪平鍋。
後日談
鰹節の削り方が悪い可能性も加味して、台東区にある安藤鰹節店さんで購入した"だしパック"を使ってみた。
結果、かつおだしの味は大きく違わなかった。
原因を考えるに、かつおだしの旨味成分の主となるイノシン酸だけでは舌を満足させられていない可能性が高い。
そこでグルタミン酸を含有する昆布だし……は無いので同等の成分を含む味の素を添加してみると、美味しいだしが誕生した。
鰹と昆布のあわせだしが良いと言われる理由を身を持って感じた。
また最初から分かっていたことではあるが、少なくとも鍋の素材で味噌汁の味は変わらない。
つまり、お味噌汁を作るうえでは100均の雪平鍋で十分である。
しかし肉じゃがなどの煮物を作りたい場合や、毎日使う道具に彩りやこだわりを持ちたい人間にとって、至高の雪平鍋をもとめることは、とても良いことであったと言える。
そして最後に、重要なことを述べよう。
美味しい味噌汁作りには、ほんだしを頼ろう!